076757 ランダム
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指輪 第二話

寒い・・・

エールフランスで、約12時間のフライトを終え

シャルル・ド・ゴール空港へ降り立ち、A5番出口から凱旋門行きのリムジンバスへ迷わず乗る。

何もかも、10年前とかわらぬ景色。



1月も半ばになると、最低気温はマイナスを記録する事も

パリでは驚くことではなく、たまに顔を見せる太陽も、氷に包まれた厳粛なルネッサンスや、

ベルエポックなどの様式美の荘厳で重厚な建物群には太刀打ちできないらしく

早々に退散してしまうらしい。

ここは今、銀色の世界に染まった、新しいものも古いものも

重なり交差し混じっている街、いい意味でセツナク淡い雪の余韻

のような出逢いも待っている街かもしれない・・・・



荘・・・彼からの帰国メールを読み終わった後、居ても立ってもいられなかったのが事実。

このままここ(日本)にいれば、一週間もしないうちに

荘は帰国し、顔を合わせてしまうでしょう。

でも今は・・・どんな顔をして逢えばいいんだろう?それに私には逢う権利はあるのかしら?

あの日、本社ビルの最上階の会議室で企画書を読み上げ、

社内での揺ぎ無い自分の居場所を築いている間に荘はNYへと旅立っていった。

黙って見送った私は、もう彼の中では過去の存在なのかもしれない等の複雑な想いが交差し、

絡み合い、しかし、頭の中で確固たる結論が出ないうちに、体が動く。

私はいつだってそう。先に行動なのよね・・・。

「パリに行こう」

また3年前の様に愛して欲しいなんて言わない。ただ、自分の中でのケジメをつけにいくだけ・・・。



日本の家をでて15時間余り、時差から来る目眩には慣れているけど、この寒さはやっぱりキツイ。



エスカレーター式で上がって来た大学を途中で辞め身一つ同然でここに降り立った時何も怖い物はなく

若さゆえの激情に身を任せた過去。

フランスの大学に入り直し、卒業して学芸員となった私のお腹の中には新しい無垢な命が宿っていた。

当時の彼との子・・・過ちとは今でも思わない、彼にはかわいい妻がいただけの話だった。

名前は「Bertille」。彼に似たふわふわした金髪の私の娘。

私にほとんど似ず、オリエンタルな瞳だけはすごく似ているね、って当時の友達も語っていた。

初めての育児も、精鋭作家の翻訳の仕事と彼からの援助で、

ヘルパーを雇い、生活には全く不自由はなく・・・。



彼女が一歳になった頃、日本にいる父の危篤の知らせがあった。

突然の帰国だったけど娘を連れて帰り、自分の母国で一人で育てるつもりだった。

つもりだったというのは・・・・Bertille の父の家庭には子供がなく、奥さんとの同意の上で養子に引き取るという話で、

娘は彼の手で育てられる事になったのは誰が悪いわけでもない。

私だけでは、きちんと育てられるか不安があったのは事実だし、逃げと思われても構わない。

薄情な母親だと、物心ついたとき彼女が感じるであろう気持ちを考えると、

胸がズキズキと痛んだけど、窮屈なそれでいてアイデンティティもままならない

無宗教国家に帰属することもないだろうと彼は言った。

ある意味、正しい彼の持論に力なく頷いていた。

誰が考えたって、その方が幸せだと思う。華やかな西欧文明の大国に、ちっぽけな・・・

東の遠い遠い極東の黄色い人間の私は、娘をとり返す事も文句一つ言えず、

半ば鬱の状態で帰国したのを覚えている。



日本に帰り、しばらくした後フランス製品の輸入代理に力を入れている商社に入った。

手放した罰と心の影を転嫁し、浄化することで娘の償いをしている気分で居たのかもしれない。

自己満足と言われれば、それでおわってしまうが・・・。



血の繋がった娘がいるのは、幼馴染の沙耶と私しか知らない事実。

実際、荘にも話していない。恋愛に至極クールに、悪く言えば臆病になったのはこんな経緯があったから・・・・。



彼が背中越しにいる夜も、空虚な闇が私を責めているみたいで、

パリのどこかで、生きて幸せに暮らしているであろう娘の夢を見た。

そんな夢からふっと目覚めた私の涙の筋を見ても、何も言わず、何も聞かず抱きしめてくれた荘がいたから、

気丈にもここまでこれたのかもしれない。



だから、荘が渡米する際もとめなかった。私みたいな嘘つきがとめられるはずもなく。

2年も付き合っていても、結局本当のことを言えなかった。

彼との砂糖細工のような淡く甘い関係を壊したくないと思うのは当然であるし、

やはり心の支えであった愛しい彼には真実をも告げられる勇気は、もうなかった。

傷付くのはもう嫌・・・。



とりあえず、昔の感覚を取り戻す為に少し歩く事にした。

マドレーヌで降り、フォションの前を抜ける。

そのままエディアールの蝋で作ったような形のフルーツの鮮やかな色を瞼裏に残しつつ、

マドレーヌ教会を抜け、Malesherdes通りをゆく。ここのカフェはよく来たっけ、グレイの壁はあの時のままであった。



二つ先の路地を曲がると、友達の経営するアンティークレースのお店に着く。

古びたドアから中を覗くと、ストーブの前で本を読む沙耶の姿があった。

「Bouiour」

(続

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